那智勝浦町

那智勝浦町

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万5千分の1地形図を使用した。(承認番号 平25情使、第72-GISMAP32551号)

宇久井半島

宇久井半島

 地玉の浜では、付加体である牟婁層群が露出するとともに、熊野酸性火成岩類の花崗斑岩との境界が露出します。牟婁層群の礫岩層には、かつて大陸上で作られたオルソコーツァイトの円礫が含まれています。外の取の火成岩には、マグマが冷え固まる時の収縮により形成された柱状節理が発達しています。半島の展望台からは宇久井の町が陸繋砂州(トンボロ)の上に成り立っている様子が観察できます。宇久井半島では、温暖湿潤な環境を好む植生が生育しており、スダジイ群落やタブノキ群落が成立しています。

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大狗子半島の海岸

大狗子半島の海岸

 マグマからできた熊野酸性火成岩類と熊野層群の泥岩が混ざり合った縞状構造や褶曲状の流動変形、流理構造が見られます。マグマは、南西から北東方向へ地下を移動しながら、これらの構造を形成したと考えられています。マグマの冷却によって形成された火成岩の柱状節理も観察できます。

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大門坂

大門坂
 那智勝浦町市野々から那智山までをつなぐ参詣道で、熊野古道の中でも、往時の面影を色濃く残します。この道の多くの部分は敷石で覆われており、石材としては道の周辺で採取される岩石が多く使われています。

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那智の滝

那智の滝

 那智大滝は、浸食に強い熊野酸性火成岩類の花崗斑岩と比較的やわらかい熊野層群の地層の境界に形成された滝です。この滝の奥の山中には、二の滝、三の滝など多くの滝が存在し、那智四十八滝と呼ばれています。那智大滝は、那智の扇祭り(国指定重要無形民俗文化財)の祭祀の中心となっており、世界無形文化遺産の指定を受けた那智の田楽が奉納される場所です。

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色川のボウズ岩

色川のボウズ岩

 那智勝浦町小匠から高野林道を那智勝浦町坂足に向かって進むと前方遠くに岩塔が見えます。火砕岩らなるこの岩は、約1500万年前~1400万年前の「熊野カルデラ」を作った熊野酸性火成岩類の南岩体分布域の南西縁にあたります。

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弁天島とお蛇浦

弁天島とお蛇浦

 熊野層群中に出来た泥ダイアビルが上昇流動したことがよくわかる構造が波食台上に現れています。また、泥ダイアピル近傍の弁天島の波食台は、磯遊びや生物観察でにぎわいます。また、この場所では熱水活動の痕跡も見られます。

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天満の大津浪記念碑

天満の大津浪記念碑

 天満神社境内の鳥居の横に建つ昭和19年(1944年)東南海地震(M7.9)の津波の記念碑で、高さ約2.5メートルの石碑です。この地区で10人の犠牲者を出した津波の記念碑には「大津浪記念之碑」と刻まれています。昭和25年に地域住民により建立されました。

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勝浦温泉

勝浦温泉

 古くからある温泉地です。宝永4年(1707年)頃の「新宮領覚書」に、波打ち際に赤嶋温泉と書かれているのが最初の記録です。狼煙山から夏山にかけて高温泉が分布し、200以上の泉源があります。古座川弧状岩脈の北東延長部に位置します。

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紀の松島

紀の松島

 古座川弧状岩脈の延長部にあり、熱水の影響を受けた熊野層群の地層が分布し温泉も湧出しています。氷河の消長に関係する海水準変動や太平洋の荒波による浸食により形成された多島海で、海食洞や動物の形をした奇岩など見事な海岸美が堪能できます。観光船によるクルージングが行われています。

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湯川温泉

湯川温泉

 5世紀末、清寧天皇の熊野行幸の際に発見されたとされています。伊勢から来た二人の老人が、人々の親切に応えて榊の枝で地面を撫でると温泉が湧出したといいます。その後、弘法大師が温泉の薬効を喜び、薬師堂を建て瑠璃光山湯泉寺と名付けたとされています。古座川弧状岩脈の北東延長部に位置します。

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ゆかし潟

ゆかし潟

 後氷期の急激な海面上昇による海進後、3つの河川、特に二河川(にこがわ)の堆積作用により形成された潟湖(ラグーン)です。ゆかし潟の名は、春は桜、冬には水鳥がその景観に幻想的な美しさを与えることから、郷土の詩人・佐藤春夫が名づけました。

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太田川の環流丘陵

太田川の環流丘陵

 太田川の蛇行で形成された細長い尾根(山脚)が、川の流路が短絡したことで孤立丘陵として平野に残っています(環流丘陵)。丘陵周囲の旧河道は水田として利用されています。この地域には地形を利用した山城・遠見番所跡が多く、和歌山県内屈指の中世城郭の密集地となっています。

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下里古墳

下里古墳

 4世紀後半につくられた本州最南端の前方後円墳です。小規模の海岸平野の砂丘上につくられています。現在でも、目前の水田地帯よりも小高い位置にあることが確認できます。

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ぶつぶつ川

ぶつぶつ川

 フツフツと清水が湧き出ることからそう呼ばれてきたという、長さ13.5mの日本でもっとも短い二級河川です。那智勝浦町粉白を流れる粉白川の支流で、本流からの湧水によって形成された小河川です。

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下里水路観測所

下里水路観測所

 設置は1953年です。1982年から人工衛星とレーザー測距装置による測地を行っています。日本唯一の水路観測所です。正確な海図を作成するための施設です。

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荒船海岸

荒船海岸

 熊野層群の泥岩の比率が多い砂岩泥岩互層が分布します。水平に堆積した地層が地殻変動によって垂直に近い角度で立ち上がり、所により地層の上下が逆転している様子が観察できます。荒船海岸の那智勝浦町域は完全な自然海岸となっています。また、荒船海岸の入り口付近では、冬に美しい海霧が見られます。【エリアが重複するため、『串本町』にも、同じものが記載されています】

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色川の棚田

色川の棚田

 平家の落人伝説が残るこの地域で、先人が長い年月をかけて山を切り開き作り上げた棚田です。棚田の多くは土石流堆積物の上に作られています。

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色川の土石流犠牲者供養岩

色川の土石流犠牲者供養岩

 1846年(弘化3年)の土石流犠牲者の供養岩です。流れ出た花崗斑岩の巨岩の上で、供養しています。

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尻剣谷製錬所跡

尻剣谷精錬所跡

 那智川右岸支流尻剣谷に、近代鉱業以前のものと思われる抗道口、製錬所跡、鉱滓の堆積場が残されています。特に注目されるのが、焼窯跡です。尻剣谷右岸には、斜面を利用して、焼窯が点在しており、それより下流の左岸には、上下9窯2列に並んだ焼窯(18窯)があります。この焼窯は、一部崩れている所もありますが、ほぼ原形をとどめており、日本でも数少ない遺跡です。