上富田町

上富田町

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万5千分の1地形図を使用した。(承認番号 平25情使、第72-GISMAP32551号)

下鮎川の河岸段丘

下鮎川の河岸段丘

 上富田町の富田川は、あまり蛇行せず活断層帯の低地を流れます。右岸にある下鮎川には、小規模ながら典型的な河岸段丘が見られます。この河岸段丘は3段あり、最も広く発達する標高約65mにある2段目の段丘面は、耕地として利用され、「平」や「畑」の字をもつ地名が多いところです。

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一瀬王子跡

一瀬王子跡

 かつての熊野詣では富田川対岸の稲葉根王子で馬を捨て、最初に川を渡るのが一ノ瀬であったといわれています。水垢離場として重んじられ、熊野に入るためのみそぎの場所でした。富田川が狭まるところにあり、川から山を少し上った小高い位置にあります。

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富田川の川替え跡

富田川の川替え跡
 市ノ瀬の富田川の河床では、暴れ川と呼ばれた富田川の450年前の河川改修の跡が見られます。

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市ノ瀬の河岸段丘

市ノ瀬の河岸段丘

 最大幅550m、長さほぼ1kmにわたる上富田町内最大の段丘です。5つの開析谷が確認でき、地形を利用した溜池と天保4年にひかれた6kmの水路があり、今も灌漑に利用されています。段丘面上では水田や、果樹栽培がおこなわれています。

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田中神社の森

田中神社の森

 この森のオカフジは、南方熊楠によって変種オカフジと名付けられたもので、総状花序が短く、花びらの旗弁がやや大きく花は淡い白色、翼弁は色が濃いのが特徴です。岡川上流の八幡神社の森が流れてきたという伝説があります。昭和31年に県の天然記念物1号に指定されました。
岡川の低湿地の中にあり、温暖湿潤を好む植物が生えています。

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救馬渓

救馬渓

 付加体の牟婁層群と、それを覆う前弧海盆に堆積した田辺層群の不整合が観察できます。不整合直上の厚い砂岩礫岩層(基底礫岩層)は風化や浸食に強く、救馬渓の断崖を形成し、その上に救馬渓観音が建てられています。救馬渓には、役行者が開いたとされる修行場があり、小栗判官の伝説も残されています。

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彦五郎堤防

彦五郎堤防

 彦五郎堤防は富田川の右岸に位置し、約1kmにおよぶ長大な堤防です。氾濫を繰り返した富田川の治水のために人柱になったという彦五郎の伝説がある堤防です。堤防上に4基の石塔が建ち、1基は人柱彦五郎顕彰碑、1基は明治洪水招魂碑です。

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富田川の潜水橋

富田川の潜水橋

 氾濫を繰り返す富田川では、洪水で破壊されない橋を架ける必要があり、らんかんなどの水の抵抗を受けるもののない潜水橋が架けられました。四国の四万十川の潜水橋を参考にしてつくられたといわれています。